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PEOPLE / INTERVIEW2年をかけて走り抜いた42.195キロ(前編)荒井レイラ

  • インタビュー
  • TEXT BY Sakura Sugawara  PHOTO BY Chihiro Ishino, Yuito Ueda
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荒井レイラのフルマラソン完走は、彼女を大きく変えた2年間の物語だ。初めてのチャレンジは2015年の湘南国際マラソン。人生に一度は42.195キロを駆け抜けてみたいと、心を決めた。

「ちょうどそのシーズンは、ハーフマラソンを2回走っていたんです。21キロにはかなり慣れてきていたけれど、もともと膝が弱いから、やっぱり負担は大きかった。ハーフを超えたとたんに身体がぐっと重くなって、フルの高い壁を感じました」

ストレッチをしたり、ペースを落としたり。距離に合わせて調整しているつもりでも、なかなかうまくいかない。膝にあきらかな違和感をおぼえたときには、もう遅かったのだろう。完走したい気持ちに脚が追いついていなかったと、当時を振り返る。

「5キロ地点で、すでに痛みがあったんですよね。そのうち膝が曲がらなくなってきたけれど、気持ちで乗り切るしかないじゃないですか。でもやっぱり、身体は気持ちと裏腹だなって(笑)」

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膝の不調を感じた序盤から、仲間のペースを乱さないように、自分ひとりだけで走ることを選んだ。思うようについてこない身体がとても歯がゆい。刻一刻と迫りくる、制限時間。きんと冷えたガードレールにもたれかかったとき、思わず涙がこぼれた。

「35キロ地点で時間切れになり、ゲートが閉まりました。もう、とにかくつらかった。一人きりで走っていたから、自分のなかで永遠に葛藤が続くんですよね。できるだけ何も考えずにいようと思っても、どうしても不安がよぎる」

彼女がリタイアとなった35キロ地点は、冷たい海に風が吹きつけるだけの道。沿道の応援もまったくない場所で、座り込む。たった一人で闘い、たった一人で終わったレースを象徴しているようだった。

あとに残したのは、わずか7キロ。普段の彼女にとってはたいした距離でもない。

「いつもならあっという間に走れる距離なんですよね。なのに、そんな7キロが走りきれなくて終わったと思うと、本当に悔しくて……リタイアしたランナーを乗せるバスのなかで、絶対にリベンジがしたいと考えていました」

それからは、普段のランでも膝への負担を考えるようになったという。それまで想像するだけだったフルマラソンの過酷さを、その身体にはっきりと刻みつけた1回目のレース。走ることを嫌いにはならなかったけれど、完走までの遠い道のりを感じてもいた。

彼女の人生は、それからの1年間で大きく動く。翌6月には、6年間在籍していたSUPER☆GiRLSを卒業し、“荒井レイラ”としてソロ活動を始めた。

「卒業する時期を決めたり、いままで応援してくださった方々にどう伝えていくかを考えたり、たくさん悩んだ年でした。考えすぎてもやもやしたときには、走って発散する。それから、冷静になった頭でじっくり考える。最初のフルマラソンが終わってからしばらくは、そんなふうにランを活用していましたね」

グループではなく一人で闘うことを選んだ彼女の、2度目のフルマラソンが、間近に迫っていた。

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荒井レイラ

avex所属のアイドルグループ『SUPER☆GiRLS』を卒業し、2016年6月よりソロに。モデルや舞台など、活躍の場を広げている。現在はフォトグラファー魚住誠一とタッグを組み、荒井レイラ本人がプロデュースする写真集の実現に向けて、クラウドファンディングを実施。

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